校長日誌

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2022年03年02日 | 校長日誌

今年の暦で、3月2日(水)は、復活祭(イースター)前の四旬節が始まる「灰の水曜日」です。この節目の日に、写真を掲示し、現地に思いを馳せながら、終礼でウクライナの平和を祈りました。facebookでも紹介しています。

 

 

今日のお昼の朗読の最後に、私からも教皇メッセージ(2月27日)の一部を伝えました。(絵本の朗読についてはまた、後日に…)

「ここ数日、わたしたちは悲劇的な出来事に衝撃を受けています。それは戦争です。わたしたちはこの戦争への道をたどらないようにと何度も祈りました。このことについて話し続けましょう。神にもっと強く祈りを求めましょう。 こうしたことから、3月2日の灰の水曜日に行われるウクライナの平和のための祈りと断食への参加を改めて呼びかけたいと思います。ウクライナの人々の苦しみに寄り添い、皆が兄弟であることを感じ、戦争の終結を神に祈る日です。

戦争をする者は、人間性を忘れます。人々の側に立たず、一人ひとりの命を見つめず、一部の利害と権力しか考えません。…あらゆる紛争において、戦争の狂気の代償を身をもって払う真の犠牲者は普通の市民たちです。…ウクライナで起きていることに心を引き裂かれると共に、イエメン、シリア、エチオピアなど世界の他の地域で起きている戦争をも忘れることはできません。繰り返します。武器を置いてください。神は、暴力を行使する者とではなく、平和を作る人々と共におられます。… 」

広島教区司教様からの呼びかけも届いていますので、カトリック学校では同様のお祈りを捧げていることと思います。

私たちにできることの一つは学ぶこと…中1は終礼でウクライナ情勢のスライドを教員が作成し、皆で学びを深めていました。他の地域も含め、共に現状を知ったり、世界中の動きに注目したりして平和への願いを強く持ちたいものです。

「ミャンマーの平和を願って祈ります。人々のいのちの尊厳が守られ、共通善が追求されるために、武力に頼るのではなく、互いの立場を理解し協力し合う態度をもって、一日も早く社会の秩序を回復していくことができますように。」

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シラ書(集会の書) 27章4~7節
ふるいを揺さぶると滓が残るように、人間も話をすると欠点が現れてくるものだ。
陶工の器が、かまどの火で吟味されるように、人間は論議によって試される。
樹木の手入れは、実を見れば明らかなように、心の思いは話を聞けば分かる。
話を聞かないうちは、人を褒めてはいけない。言葉こそ人を判断する試金石であるからだ。

…「『祈ることしかできない』と言うこともできるが、『祈ることができる』『祈ることならできる』と、言葉は使うことができます。」…2月27日(日)イグナチオ教会配信ミサでの神父様のお話より

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感謝と祈りのうちに

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